2011年ロシア人兵士墓地慰霊祭

    1904〜5年の日露戦争で捕虜となり、名古屋収容所で亡くなった15名のロシア兵士の慰霊碑と墓標が名古屋平和公園内で発見されたのは1990年末のことでした。日ユ協会愛知県連(当時は日ソ協会)と名古屋ハリストス正教会は、91年4月に両者の共催による第1回慰霊祭(パニヒーダ)を行いました。以後、毎年4月の第1日曜日に慰霊祭を実施することとし、今年はそれからちょうど20年目にあたります。

 4月3日午後、3分咲きの桜に迎えられて、平和公園旧陸軍墓地では、在大阪ロシア連邦総領事館代表ウソフ領事はじめ、名古屋ハリストス正教会松島神父、日ユ協会愛知県連丹生会長ら主催両団体と日ロ友好諸団体代表と関係者、元シベリア抑留者、在日ロシア市民ら75名が列席して、ロシア正教によるパニヒーダ(追悼式)を行いました。そのあと参列者全員は、日露の不再戦と世界平和を願って献花、県連合唱団「ミール」は、日露の歌を墓前に捧げました。

 慰霊祭終了後、恒例のパミンキ(追善のもてなし)を行い、ワインを酌み交わしながら、歓談のひとときをすごしました。

 慰霊碑発見当時、愛知県連理事長として活躍し、現在は病気療養中の洞谷鈴子さんの3世代にわたる家族一行の姿も見られました。

 ロシアとの友好・親善をすすめる会(横山周導理事長)は、この場において、同会が昨年夏シベリア・アムール州を訪問した際、イワノフカ村の教会神父から日本ハリストス正教会(東京)あてに友好のしるしとして託された聖母マリアのイコン(聖像画)を、名古屋ハリストス正教会松島神父に贈呈しました。


 
 










  (左端は墓地発見と再建時の県連理事長 洞谷鈴子さん)