日本文化研究会
 
第6回日本文化研究会
激しい稽古にびっくり
      相撲の「北の湖部屋」を見学

 日本文化研究会の第七回例会が、六月二十七日(日)に行われました。今回は、大相撲名古屋場所を控えた「相撲部屋」見学です。

 当協会の副理事長で、愛労連副議長の伊豆原さんの紹介で、愛知労働会館(名古屋市熱田区沢下町)に「部屋」を構える「北の湖部屋」を訪ねました。「北の湖部屋」は、日本相撲協会理事長の元横綱北の湖の部屋です。この部屋には、アジア系口シア人の大霜羅(オーロラ)」(三段目五二枚目)が所属しています。

 朝六時四十五分、金山総合駅に集合。ロシア人十五名、日本人四名が参加しました。

 激しい申し合いやぶっつかり稽古を初めて目の当たりにし、身長一九〇センチ、体重二四〇キロの巨漢大霜羅が、小兵の日本人力士に簡単に転がされるのを見て「アー」「パチムー」(何故だ)と、ロシア人たちはびっくり。「相撲(の勝敗)は目方ではない」という伊豆原さんの説明にうなずいていました。

 約一時間、稽古を見た後、労働会館内で、伊豆原さんから、稽古の内容や十両にならないと給金が貰えない制度になどについて説明を受けました。
 


 
第5回日本文化研究会
 トヨタ発展の跡をたどる
      産業技術記念館(西区)を見学

 日本文化研究会(文化委員会)の第五回見学会が、12月20日、名古屋市西区のトヨタ産業技術記念館で行われ12名(ロシア人8名、日本人4名)が参加しました。

 前日から続く雪で、寒い一日でしたが、午後一時過ぎには全員がそろい、和やかに見学会が始まりました。

 この産業技術記念館は、豊田佐吉が初めて豊田自動織機の工場を建てた、いわば「トヨタ発祥の地」として知られています。

 館内は、織機と自動車のセクションに分かれ、織機セクションでは、7000年前の人類初の織機や紡績機から現在の高速自動織機、紡績機までが展示してあり、実際に動いて、布が次々と織られるのを見ることができます。

 また、自動車セクションでは、トヨタが初めて生産した「A型乗用車」の生産ラインや、現在の生産ラインの実物が見られます。

 ロシア人たちは、織機と自動車という、日本を支えた二大産業の発展と日本の技術の素晴らしさに驚きの目で見入り、ガイドに盛んに質問するなど、熱心に見学していました。

 なお、今年は、かがみはら航空宇宙博物館、有松絞り見学を予定しています。
 


 
第4回日本文化研究会
 守山のビール工場を見学
      飲み放題のサービスに大喜び

 日本文化研究会では、第四回の催しとして十月五日(日)、名古屋市守山区のアサヒビール名古屋工場を見学しました。参加者は、ロシア人九名(子供含む)、日本人七名(同)の計十六名で、工場を見学した後、特
製ビールの飲み放題サービス(子供たちはジュース)を受け、大いに盛り上がりました。

 午後零時半、中央線新守山駅前に集合しました。ロシア人たちは、全員が自転車で駆けつけるという気の入れようでした。

 この日は日曜日だったため、あいにく工場は操業していませんでしたが、原料の説明からビールが私たちの喉を通るまでの過程が、ビデオテープと案内のお姉さんの解説で、たいへんよく分かりました。

 「食品」を扱っている工場ですから、当然と言えば当然のことですが、工場の敷地や工場の内部がたいへ
ん清潔で、全てが整然としており、ロシア人たちも感心していました。また、原料の仕込み(二条大麦を茹でて、酵母菌を混ぜる)、発酵(大きな発酵塔で約四十日)、瓶詰め、缶ビールの製造、そして出荷までの工程が全てコンピュータで制御されているのも驚きでした。

 見学が終わった後、私たちは試飲室へ案内され、ビールの接待を受けました。二十分のタイムリミットで富士山のわき水で造った特製ビールが飲み放題とあって、酒好きのロシア人たちは、中ジョッキで五杯も六杯も傾けていました。

 

 次回は、十二月二十日(土)、名古屋市西区のトヨタ産業技術館の見学を予定しています。

第3回日本文化研究会
  「能」と「狂言」鑑賞
      ロシア人が十一名も参加

 第三回日本文化研究会は八月二十三日(土)、名古屋能楽堂へ 「能と狂言」を観に行きました。メニショフ一家、核融合科学研究所の研究者二人を含めてロシア人が十一名、日本人は、ご自分でも狂言を演じられる丹辺先生を含め六人でした。

 この日は、宝生流の衣斐正宜師の後援会能で、衣斐師に日本文化研究会をつくって能、狂言を(外国人に)紹介したいと話したところ、この講演会能に招待していただきました。

 参加者には、能の「雲雀山」 「俊寛」、狂言の「瓜盗人」の粗筋をロシア語に訳して(中森が作成)事前に配っておいたのですが、パントマイムのような「瓜盗人」はロシア人の小学生にも分かったようで、笑っていましたが、言葉の分からない「能」には子供は退屈し、大人もなかなか理解できなかったようです。

 一方、初めて生で能を見た服部先生も、能楽師の声の良さに驚き、言葉も意外に良く分かったとの感想を述べていました。 (中森 秀樹)
 

 

第2回日本文化研究会
   多治見で作陶に挑戦
  
 第二回日本文化研究会は七月十三日(日)、陶都「多治見」紀行に出掛けました。日本人、ロシア人合わせて二十七人が参加、ロシア・アバンギャルド陶芸展を見たり、初めて作陶に挑戦したりしました。

 最初の訪問地、虎深山永保寺では、夢窓国師が作った池泉回遊式庭園や国宝の観音堂を見物しました。続いて、中世ヨーロッパを髣髴とさせるバロック建築の「神言会多治見修道院」を訪れ、日本在住四十年というシューベルト神父から修道院の歴史やキリストの誕生から昇天までの話を聴きました。

 セラミックパークMINOの岐阜県現代陶磁美術輯では、マレーピッチやカンディンスキーなどロシア・アバンギャルドの陶芸展を見ました。新しい時代の芸術を目指す作家たちの斬新な作品、革命の時代を髣髴とさせる「働かざる者、食うペからず」などのスローガンを書いた絵皿などを鑑賞し、二十世紀初頭のロシア革命の時代に思いをはせました。

 最後は今回のエクスクールシアの目玉、陶器作りに挑戦。ろくろコースや手びねりコースに分かれ、花瓶、茶碗、杯など思い思いの作品作りに励みました。

 

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